「年金が増えたはずなのに、なぜか生活が前より苦しい」
春に届いた年金額改定通知書には、たしかに前の年より高い金額が書かれていた。ところが夏になって届いた介護保険料の通知を見たら、そちらも上がっている。通帳を見ると、手元に残るお金はむしろ減っている——。
この「増えたのに減った」という感覚は、気のせいでも計算間違いでもありません。実際に、年金額が上がったことで住民税の非課税ラインを超えてしまい、介護保険料の負担が重くなったという声が報じられています。制度の仕組みとして、そういうことが起こり得るのです。
この記事では、なぜ年金が増えると手取りが減ることがあるのか、そのカラクリと、ご家庭が対象になるかの確認方法、そして今からできる対処法までを順番に整理します。読み終えたときには「何を確認して、どこに相談すればいいか」がはっきりしているはずです。
まず、年金額そのものは確かに増えています。2026年度(令和8年度)の年金額は、前年度から国民年金(基礎年金)が1.9%、厚生年金(報酬比例部分)が2.0%の引き上げとなりました。
2026年度(令和8年度)の年金額
※昭和31年4月1日以前生まれの方の老齢基礎年金(満額)は月額70,408円です。厚生年金の額は加入期間や現役時代の収入によって一人ひとり異なります。
数字だけを見れば「増えてよかった」という話です。ところが、ここには2つの落とし穴があります。
2026年度の改定では、前年の物価の変動率がプラス3.2%だったのに対し、名目手取り賃金の変動率はプラス2.1%でした。物価の伸びが賃金の伸びを上回る場合は賃金の伸びを基準に改定するというルールがあり、さらに「マクロ経済スライド」という給付を抑える調整が入るため、最終的な伸びは1.9〜2.0%にとどまりました。
つまり金額としては増えていても、買えるものの量は減っている。これが1つめの落とし穴です。
そして、より見えにくく、より影響が大きいのが2つめです。年金収入が増えたことで、住民税が非課税だった人が課税される側に移ってしまうことがあります。
介護保険の世界では、この「住民税が課税されているかどうか」が、負担額を決めるいくつもの場面で使われています。だから線を1歩越えただけで、複数の負担が同時に上がってしまうのです。
では、その線はどこにあるのでしょうか。よく言われる目安が「155万円の壁」と「211万円の壁」です。
住民税非課税の目安(65歳以上・収入が年金のみの場合)
※上記は一例です。非課税の限度額は生活保護基準の級地区分に応じて自治体の条例で定められており、金額が異なる場合があります。
おひとり暮らしの155万円という数字は、65歳以上の公的年金等控除(最低110万円)と基礎控除などを差し引くと所得がゼロになる、という計算から出てきたものです。
⚠ ここが大切:この金額は「全国共通の正解」ではありません
住民税の非課税の基準は、お住まいの自治体(級地区分)や世帯の人数、扶養している家族の有無によって変わります。155万円・211万円はあくまで目安です。ご自宅に届いた通知書と、お住まいの市区町村の基準で確認してください。
年金の増額分が月に数千円だとしても、もともと線のすぐ手前にいた人は、それだけで越えてしまいます。年金が「4年連続で増額」という状況が続く中で、この境目にいる方が毎年一定数出てくる、という構造になっているのです。
ここが、この問題のいちばん重要なところです。住民税が課税されると、払うことになるのは住民税そのものだけではありません。介護に関わるお金が、いくつも連動して上がります。
65歳以上の方が納める介護保険料は、所得に応じて段階に分かれています。国が示す標準の段階数は、2024年度(令和6年度)から9段階から13段階に細分化されました(実際の段階数と金額は自治体ごとに異なります)。
大事なのは、下のほうの段階に入るには「世帯全員が住民税非課税であること」が必要だという点です。国の標準では、第1〜第3段階は世帯全員が非課税の方、第4・第5段階は本人は非課税でも世帯に課税されている人がいる方、第6段階以上は本人が課税されている方が対象になります。
つまり本人が課税になった時点で、低い段階からは外れます。段階が1つ上がるだけで、年間の保険料が数千円から数万円変わることがあります。年金が年額18万円以上ある方は保険料が年金から天引き(特別徴収)されるため、増えた分は自動的に差し引かれ、手元に残る金額が減ります。
介護サービスの自己負担が高くなりすぎないよう、月ごとに上限を設けて超えた分を払い戻す「高額介護サービス費」という制度があります。この上限額も、住民税の課税状況で変わります。
高額介護サービス費の上限額(世帯・月額)
※課税世帯のうち所得が高い区分では、さらに上限額が高く設定されています。
サービスをたくさん使っているご家庭の場合、この差がそのまま毎月の負担増になります。月あたり約2万円の違いは、年間では20万円を超える差になり得ます。
特別養護老人ホームや老健、介護医療院、ショートステイを利用するとき、食費と居住費(部屋代)には「負担限度額認定証」による軽減の仕組みがあります。ただしこの認定を受けられるのは、世帯全員(別世帯の配偶者も含む)が住民税非課税で、預貯金などが一定額以下の方です。
課税になって認定証が使えなくなると、食費・居住費の軽減は受けられません。食費の標準的な額(基準費用額)は、2026年8月1日から1日1,545円に引き上げられました。厚生労働省の資料では月額約4.7万円と示されています。ここに部屋代が加わります。
なお、軽減の対象外となる方が実際に負担する額は、施設と利用者の契約によって決められています。ご自身が引き上げの対象になるかどうかも含め、正確な金額は施設にご確認ください。
2026年8月1日から変わったこと(施設の食費・居住費)
※負担限度額認定証をお持ちでない一般の方(第4段階)の料金は、この見直しでは変わりません。
⚠ ここが大切:3つが同時に来ることがある
保険料・サービス費の上限・施設の食費や部屋代。これらはどれも「住民税の課税状況」を見て決まります。だから非課税から外れると、1つだけでなく複数が同じタイミングで重くなります。年金の増額分をはるかに上回る負担増になり得るのは、このためです。
不安になったら、次の3点を確認してみてください。書類は手元にあるものだけで足りることが多いです。
確認チェックリスト
介護保険料の段階は、本人だけでなく世帯の課税状況で判定されます。同居しているお子さんが働いていて課税されている場合、親本人が非課税でも「非課税世帯」にはなりません。ここを勘違いしているご家庭は少なくありません。
「もう課税になってしまったから仕方ない」と諦める必要はありません。負担を軽くできる道がいくつか用意されています。
住民税が課税されるかどうかは、収入から各種の控除を引いた後の所得で決まります。つまり、申告できる控除が漏れていると、本来より不利な判定になっている可能性があります。医療費控除や社会保険料控除など、心当たりがあれば確認してみてください。
あまり知られていませんが、障害者手帳がなくても、要介護の状態によっては税金の障害者控除が使える場合があります。65歳以上で、心身の状態が身体障害者や知的障害者に準ずると市区町村長に認定されれば、「障害者控除対象者認定書」が交付され、所得税・住民税の障害者控除を受けられます。
要介護認定を受けているだけで自動的に適用されるものではなく、市区町村への申請が必要です。認定は毎年12月31日時点の状態で判定されるため、年明けから申請を受け付ける自治体が多くあります。認定基準は自治体ごとに異なるので、まずは介護保険の担当窓口に「対象になりそうか」を電話で聞くのが確実です。
ご夫婦のうち一方が施設に入所し、その食費・居住費を払うことで在宅に残った配偶者の生活が成り立たなくなる場合、負担段階を第4段階から第3段階②に変更できる「特例減額措置」という仕組みがあります。
また、本来の負担額を払うと生活保護が必要になってしまうけれど、負担を軽くすれば必要としない、というケースには「境界層措置」があります。こちらは福祉事務所への生活保護の申請が手続きの入口になるため、まず窓口での相談から始めてください。
同じ住所に住みながら住民票上の世帯を分ける「世帯分離」で、判定が変わる場合があります。ただしこれは負担が下がる方向にだけ働くとは限りません。健康保険の扶養や他の給付の対象など、思わぬところに影響が出ることがあります。
⚠ ここが大切:ネットの情報だけで動かない
世帯分離も各種の減額措置も、ご家庭の収入・資産・同居家族の状況によって結果が変わります。「やったほうが得」と一律には言えません。担当のケアマネジャー、またはお住まいの市区町村の介護保険担当窓口・地域包括支援センターに、状況を伝えて確認してください。市区町村の窓口や地域包括支援センターへの相談は、費用はかかりません。
「増えたのに苦しい」という感覚は、制度の作りから素直に説明できる現象です。年金が上がったこと自体は悪いことではありません。ただ、その増額が「線」をまたいだ瞬間に、複数の負担が一度に立ち上がる。そういう仕組みになっているだけです。
わかってしまえば、手はあります。通知書を並べて段階を確認し、使えるはずの控除や減額措置がないかを窓口に聞いてみる。それだけで負担が変わるご家庭は、確かにあります。
この記事のまとめ
通知書が届いて「あれ?」と思ったときが、確認のタイミングです。そのまま引き出しに入れてしまう前に、ぜひ一度中身を見比べてみてください。
※掲載情報は執筆時点のものです。制度・数値は改定される場合がありますので、最新情報は各機関の公式サイトをご確認ください。
※本記事は2026年8月時点の情報をもとに作成しています(出典:厚生労働省、日本年金機構、国税庁、各市区町村の公表資料)。制度は今後変わる可能性があります。住民税の非課税基準、介護保険料の段階と金額、各種減額措置の要件は自治体によって異なります。具体的な手続きやご家庭の状況については、お住まいの自治体の窓口や専門家にご相談ください。